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2012年3月16日金曜日

文化の壁

p133

今では、土人のことを冷ややかに語る人たちもかつては、理想家としてアフリカに渡来したのであるが、日々の葛藤に疲れ、勇気を失い、精神的所有を次第に失ったことを考えて不安に覚えて以来、私にはもうさばく勇気がなくなった。
人間的な真実の人格と、それによる文化人たる能力を守るのがここでは、非常に困難であることは、原生林に見る黒白両人種の問題中の大きな悲劇である。

p114
われわれは、みな黒人の怠惰に憤慨するが、実はわれわれのところで、もうけることを彼らが頼みにしていないから、彼らがわれわれの手に入らないだけのことである。
それゆえ、自然児が自由人である事実と、商業上の必要との間には恐るべき矛盾がある。黒人が興味を持たないばかりに、土地の有する富を利用しつくすことができない。どうやって彼らを教育するか?どうやってかれらに労働を強いるか?
ー略ー
(そのために”税金をかける。布地、道具のような必需品、たばこ、化粧品のような無用のもの、酒精のような有害なものまで、黒人の前に見せて欲望をおこさせる”ということがおこなわれていることについて)
課税と欲望を増させることによって、しないよりはたしかに土人を働かせられるけれども、これによって労働を真に教え込むことは不可能であるか、あってもきわめてわずかにすぎない。土人はこれによって利欲に強くなり、快楽を好むようになるが、信用できる正直なものとはならない。

関連→差異の消費

p135
われわれは多くの土人たちが、自分達に愛の福音を説く白人達がいまやたがいに殺しあい、そのために主イエスの戒を踏みにじっているなどとはほんとうであろうかと、心に疑っていることをみな感じている。彼らからその疑問を尋ねられると、われわれは途方に暮れる。

p147
オゴウェ河畔からヨーロッパへ兵役の義務を果たすために行った白人の中にもう10名戦死したということがこのごろここに伝わった。これらが土人たちに深い印象を与えた。「もう10人今度の戦争で死んだのか!」「なぜこれらの種族がみな集まって談判しあわないのか?どうやってこれらの死者にすべてを償いうるのか」

p159
宣教師には、深い教養が必要であろうか?そうである。人は霊的生活と霊的興味とが深ければ深いほど、アフリカには耐えられる。そうでないと、ここでいう「黒人化」の危険におちいりやすい。それは大きな着眼点を見失い、精神の緊張を破られ、ほとんど黒人と同じように小事に拘泥し論争
を始めることである。

関連→フランクル 夜と霧 強い体を持つものより、教養のあるものの方が精神を保ち過酷な状況に耐えうることについて
メモ)今から見るとかなり差別的。この本にはそういったところが結構ある。それでも白人を上に見る時代背景の中では、かなり公平に見ている。


p167
有色人種が数世紀にわたってヨーロッパ人から受けた不正と残忍とを誰が記録できるか?われわれがもたらした火酒と忌まわしい疫病とが、有色人種の間に生んだ不幸を誰があえて測りえようか!
黒白両人種間におこった一切の歴史が一書にあまれるとしたならば、昔のも今のも、内容のあまりの残酷さに読まずにめくらざるをえないページがたくさんあることであろう。
われわれも、われわれの文化も、一つの大きな責任を負っている。われわれはかの地の人々に善を行いたいとか、おこないたくないとかの自由をまったくもたない。おこなわなければならないのである。われわれが彼らに善を行うのは慈善ではなくつぐないである。




2012年2月23日木曜日

社会子

自己組織化
他己組織化

社会子の学習

組織とは
一定の構造と機能をもった社会子の集まり
構造は、複雑なふるまいをする社会子によって作られる


組織化しやすい環境とは
エネルギーが高い?
明確な目標
進化における学習
個体による学習
先天的な能力によって規定される
系統による学習
個体のもっている資質がテストされることで学習する
環境によって規定される
テスト
基準と評価
環境
時間
環境と個体を分けるもの

いじめの構造

他人を低くすることでしか、自己を高めることができない。
いかに自分をほかの人から区別するか

敵を作りやすい組織の特徴

ほかの考えを認めない。
選民意識
自分たちは特別だ
閉鎖性 (新しい人を受け入れない)
異質なものを排除する


イデオロギーとは
一つの基準に合っているかどうかで善悪を判断する
条件反射的思考
宗教、政党

行動の同型性

ある特定のパターンに追い込まれる。
 
さまざまな人間社会のなかに、同じような行動パターンをとる人々がいる。

日本人の型

いくつかの互いに独立した行動を共通に持っている。

ある社会の中に普遍的に見られるパターン


宗教に出てくるパターン

エネルギー
波動








奇跡
真の
運命
さだめ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・‥・・・・
_2000/11/22(Wed) 18:14:03_
組織の時間的変化のパターン



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・‥・・・・
_2000/11/24(Fri) 11:19:19_
_社会組織_
組織の特性として悪いとされているもの

独裁
閉鎖性 鎖国
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・‥・・・・
_2000/11/24(Fri) 11:41:52_
行動をかきたてるもの

快楽 報酬によって
義務 罰によって

刑務所、軍隊、会社、学校などの集団が個人に求めること

刑務所、軍隊、会社、学校などの集団が個人に求めること

個人の所有物を持たせない
自由を制限する
一人一人の外見上の差をなくす
属性を与えない
ある一定の基準によって評価する
行動の様式、儀式がある
少数の人によって行動が支配される
構成員同士の交流が制限される
グループを作ることが制限される
合理性やよりも規則が重視される

関係の固定化

社会の変化
老人ホーム
学校
福祉施設
保護する人される人
同じ人を集める 老人、障害者、子ども、幼児
社会からの隔離
これからどう変わっていくのか
なぜそうなってきたのか すすめる要因と阻止する要因
そのことによって社会はどう変わるのか

2012年2月22日水曜日

仮想主体

ある文章がどのような立場からかかれているかを客観的に評価する方法

自分のことをどのように呼んでいるか わたし 私たち

私、私たち、が何を表しているのか

それを書いた動機は
何が嫌なのか、なぜ嫌なのか
評価の基準は何か 

なにをしようとしているるのか それはどんな人・集団にとっての利益になっているのか
筆者はどのようにしてそのことを知ったのか 人に聞いて 自分で考えて

どの言葉が好意的に使われどの言葉が否定的に使われているか

その意見がどんな集団、学問等を背景としているのか。

人間活動の数値化

学力、環境影響評価

組織のあり方を分類ではなく幾つかのパラメーターによって表すことが出来ないか。

個人、または集団の活動を数値化することによってその集団、個人にどのような影響を与えるか

またその個人、集団を見る見方がどのように変化するか

その数値化が価値判断を含む場合
価値判断はどのように作られるのか

数値化自体にある意図がある場合
数値が一人歩きする場合

評価する側、される側にどのような行動の変化を引き起こすか
具体的にどのような行動が影響を与えるのか

2012年2月21日火曜日

本能

p81 だがまさに攻撃衝動は、本来は種を保つれっきとした本能であるからこそ危険きわまりないのである。つまり本能と言うものは自発的なものだからだ。もし攻撃本能が、多くの社会学者や心理学者が考えたように、一定の外的条件に対する反応にすぎないのであれば、人類の現状はこれほど危うくなりはしなかっただろう。もしそうなら、反応を引き起こす諸原因をつきとめて、取り除くこともできよう。

関連 行動主義 ワトソンのS−R理論

p86
行動を解き放つ刺激もかなり長い期間にわたって断つと、現れるはずの本能運動が「せきとめ」られる結果、さきほどのように反応しやすくなる。
そればかりではない。その結果ははるかに深刻な経過をたどり生物体全体を巻き添えにしてゆく。
原則として、本能行動から今のようなやり方で沈静の可能性を取り上げてしまうと、それが真の本能運動であれば必ず、動物は全体として不安に陥り、その本能運動を解き放つ刺激を探し求めるようになるという性質をもっている。



 

儀式と法

p120
もし習慣となったことが今述べたように固定化し自立化しないなら、
もしそれが神聖な自己目的に高められていないなら、信頼できる伝達もなく、信頼に値する了解もなく、誠実もなく、法律もないだろう。もし約束を結ぶ相手が、儀式となった犯しがたい習慣の土台を自分と共有していなければ、誓いは立てられず、条約は効力をもたないだろう。この習慣を破れば、その人は、私の小さなマルティーナ<ハイイロガン>があのとき玄関の五段目で襲われたあの不思議な破滅的な不安に襲われることだろう。





攻撃性と敵

p357
人類は、お互いに敵対するいくつもの党派に分離してしまっているから闘争好きで攻撃的なのではなく、それが社会的攻撃性を消散させるのに必要な刺激状態を作り出しているからこそ、党派に分裂しているのだ。

関連  わが闘争、デュルケーム


扇動





p356
だが、そのような反応の盲目的反射に身をまかせてしまうような人は、人類にとって危険な存在である。なぜならそういう人間は、ちょうど私たち行動生理学者が実験動物でやるように、人間に闘争をかきたてる刺激状況を作り出すからくりを実に巧みに心得た扇動家の手中にやすやす陥ってしまうからだ。



関連 独裁者→我が闘争愛と憎しみ

2012年2月20日月曜日

種内淘汰

p67 [セイロンの翼]
その翼は非常に大きいから、雄はほとんど飛べないくらいである。しかも翼が大きければ大きいほど雌は激しく興奮する。

p69
私の先生だったオスカール・ハインロートは、じょうだんめかしてこういうのがつねだった。「セイランの翼と並んで、西欧の文明人の仕事のテンポは、種内淘汰の最も愚劣な産物だよ」
=略=
今日の人間は、マネージャー病、動脈の高血圧、真性萎縮腎、胃潰瘍をわずらい、神経症に悩まされ、文化に関心を払う暇がないから堕落して野蛮になる。こんなことはみな不要だろうに。というのもかれらはこれからはもっとゆっくり仕事をするよう協定を結ぶことがちゃんとできるだろうからだ。


種内闘争

p52

たしかに種内闘争ということは、人類が現在置かれている文化と技術の史的状況のもとでは、あらゆる危険のなかで最も重大な危険だと見なしていい。
だがその危険を防ぐには、種内闘争を形而上学的なこと、回避できないこととみるのでは決してなく、その一連の要因を追及することによって道が開かれるように思う。
人間が、ある自然の現象を自分の意図する方向へあやつるのに成功した場合をみると、つねにその力はそれを引き起こす一連の要因を見抜くことによって得られたのだった。



近縁の闘争
 
p42
だが実は、ダーウィンの考えた進化を推し進める「闘争」というのは、なによりもまず、近縁な仲間どうしの競争のことなのだ。



 

宣伝について

p259
宣伝はすべて大衆的であるべきである。その知的水準は、宣伝が目指すべきものの中で最下級のものがわかる程度に調整すべきである。

p261
イギリス人やアメリカ人の戦時宣伝は心理的に正しかった。かれらは自国の民族にドイツ人を野蛮人、匈奴だと思わせることによって、個々の兵士に前もって宣伝が、戦争の恐怖に対する準備をし、幻滅をおこさせないように努力していた。
=略=
かれらは自分たちの武器がおそらく -しかもほんとうに- もっとほんとうに恐ろしく効力があるということを考えるいとまもなく、彼ら自身が、敵の側から体験させられた武器の残虐な効力が、すでに先刻承知の野蛮な敵の「匈奴的」残虐の証拠だと漸次考えるに至るからである。

p263
戦争の責任について、ただこの破局の勃発に責任があるのではない、と論ずることは、この観点からすれば根本的に誤りであった。かえって実際には、本当の経過はそうでなかったにしても、事実そうであったように、この責任をすべて敵に負わすことが正しかったであろう。

p265から266
宣伝は短く制限し、これを絶えず繰り返すべきである。この堅忍不屈さが、世の中の多くの場合がそうであるように、ここでも成功に至る第一の、かつもっとも重要な前提である。
=略=
かれら(大衆)はいつも新しいものを欲し、変化を求め、こうしてすべての効果的な政治的大衆獲得の真の仇敵になる。
=略=
変更のたびに、宣伝によってもたらされるべきものの内容を決して変えてはならず、むしろ結局はいつも同じことをいわねばならない。だからスローガンはもちろん種々の方向から説明されねばならないが、しかし考察の最後はすべていつも、新しいスローガン自体に戻らねばならない。




ヒットラーの大衆戦略

p177
動揺している大衆は、自分が大勢の敵と争っているのを見ると、すぐに客観的な態度をとり、実際に他のすべてのものたちが間違っていて、ただ自己の民族や自己の運動だけが正しい状態にあるのかどうかと、疑いを投げかけるものである。
しかしそれと同時に、はやくも自己の力が衰えてくる。だから内的には異なっている敵をいつも一つにまとめねばならない。そうして自分の支持者たる大衆の目には、ただ一つの敵に対してだけ闘争がなされているのだというように、まとめねばならない。これが自己の正義に対する信頼を高め、正義を攻撃するものに対する憤激を高めるのである。


2012年2月14日火曜日

組織の意思決定

決定権と利益の配分 受益者数に対して決定権者の段階数と決定権者数が変わるとどのような 影響があるか。 システムの運営について 決定権者が多いとまとまらない

まちづくりの中の小売業

_本の引用_

まちづくりの中の小売業
P9

 小売業を効率的販売の社会的機構に還元するとき、その行き着く姿には、なお、人々を引きつけ、納得させるものが欠けているように思われる。 それは「消費者利益にもつながるというが,仮にそうだとしても、それは 所詮は経済学の仮定に近似的にふるまう「買手の利益」であって、社会の中で生活する生きた人間のトータルな利益とは必ずしも一致しないのではないか。


 

暴力制度


平和を作る人たち 安芸基雄 みすず書房 1984

P66
そしてただ一度だけこの部隊の創設者であり指導者でもあった故石井四郎軍医中将(京都大学出身)が、陸軍病院に来て私どもに訓示をしたことがある。「お前たちは今の状況を何と心得ているか。今祖国日本は米英を相手にまさに苛烈な戦争をやっている。戦争をやる以上は勝たねばならぬ。そのためには、お前たち軍医はもっと効果的にできる限り大量の敵を殺すことを研究せねばならぬ。」これがその内容でとても忘れることのできるものではない。

[科学者の名に値するためには、そのような国家には死を賭して抵抗すべきです。」(ガンディー、前掲書、2、269頁)

{森本達雄訳「私の非暴力」みすず書房}
他国の兵士は敵にのみ殺されるが、わが国の兵士は同胞によっても殺されるのだ」
{ソルジェニーツィン、木村浩訳「収容所群島」 新潮社 昭和44年}


関連)科学者の社会的責任


p77
敵もまた辛苦に耐えてありつらむ屍を見ればいづれも痩せたる

戦争という暴力制度そのものを否定せずして、どうしてかかる犠牲者を慰め、事態の再発を防ぐことができよう。加害者の立場をとることになった日本人、あるいはまたその犠牲となった日本人は、もちろんまだ生きている人も多いであろう。その人たちの良心のためにも、教科書の記載を頑迷な検定制度によって曖昧にして、過去をただ美化した形においてのみ青少年に伝えようとする文部省や保守党の態度が、ナチスの行為の厳正な反省の上に立つドイツの教育界の態度に比しても誠実を欠くものであり、かえって日本の将来を誤るものとなることを指摘せざるを得ない。




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