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2012年1月30日月曜日

生物の組織と社会のモデル化

全体と部分



社会、組織と呼ばれるものがどのようにしてできるのでしょうか。

社会、組織という言葉が指し示す対象にはいろいろなものがあります。会社の組織、動物の社会などなど。
生物学の中では組織、社会といった言葉がよく使われます。
たとえば、肝臓の組織、細胞社会、といったように。

細胞の集まりと人間のあつまりはまったく違う物ですが
生物を見るときには何でも擬人化して見てしまいがちなので気をつけなくてはいけませんが、何か共通するものも見えてきます。詳しく比べることで、より深く知ることができるでしょう。


これらのものにはどんな共通点があるのでしょうか。
ざっと挙げてみると

同じ形と働きをもった基本となる要素がたくさん集まってできている
集まってできあがったものには一つ一つの要素にはない特別な働きをもっている
要素同士が情報交換できる
要素はある程度独立している

階層構造がある (部長ー課長ー係長 個体ー器官ー組織ー細胞)

こういった特徴をもったものをマルチエージェントと言います。
これらの特徴をもたせた物をコンピューター上に再現すれば、人間の社会であれ、細胞であれ共通の仕組みでシミュレーションすることが出来ます。


形の制御
形を作る仕組みの仮説
極性

それを実現するためのしくみ
      増える
      重なる
      広がる

2012年1月23日月曜日

創造的進化

p60
前言したように、機械的な説明が成り立つのは、私たちの思考が人工的に全体から切りとる系に対してだけである。けれども全体そのもの、また全体の中でおのずから全体に似てできている系になると、それらを機械的に説明する可能性はアプリオリに認めるわけにはゆかない。
関連 全体と部分

2012年1月22日日曜日

集団

刑務所、軍隊、会社、学校などの集団が個人に求めること

個人の所有物を持たせない
自由を制限する
一人一人の外見上の差をなくす
属性を与えない
ある一定の基準によって評価する
行動の様式、儀式がある
少数の人によって行動が支配される
構成員同士の交流が制限される
グループを作ることが制限される
合理性よりも規則が重視される

夜と霧

P102
苦悩するもの、病むもの、死につつあるもの、死者 −これらはすべては数週の収容所生活の後には当たり前の眺めになってしまって、もはや人の心を動かすことができなくなるのである。

p113
一体この身体はわたしの身体だろうか、もうすでに屍体ではなかろうか。一体自分は何なのか?人間の肉でしかない群衆、掘っ立て小屋に押し込まれた群衆、毎日その一定のパーセントが死んで腐っていく群衆、の一小部分なのだ。


鏡の背面

p161
個別反応を人工的に分離することは全く正当なことである。そのことによって、まさに犬の唾液の分泌がそうであるように、対象を量化する研究を行う恵まれた可能性が生ずるならば、とくにそうである。
ただそれを行うさい、一つのシステムの一部を切り取ったという事実はどこまでも自覚されていなければならない。これは分析の才のある人たちにも起こりがちな危険だが、しかし断じておちいってはならない思考の誤りは、そのシステムを今や分離された部分よりもたんに量的に多いものでしかなく本質的には同じであると見なして、全システムのすべてのシステム特性を理解するためにはこの部分だけで十分だと考えることである。

 
進化論、発生学など生物という同じ対象に対する見方は多くあるが
ここにいわれているようにあくまでも生物というシステムの一部分だけ
を見ているのだという自覚がないと本当の姿は見えてこない。